自動筆記、的な。
文章が書けない書けない書けない!書けないときはとりあえず指を動かす。最近あったいろいろなことを書くと、恋愛以外ですね、恋愛以外はとりあえず、なんとなく本を読むかぼぉーっとしてるかのどっちかですね。最近読んでるのは『戦闘妖精雪風』です。いやー、SFですね。昔は英米文学ばっかり読んでて、面白い小説の割合がSFのほうが多い。前者が1/100だったら後者は1/70くらいですかねー。つか!文学もそうだけど、そのジャンルのフォーマットってあるよなー。なんかそのフォーマットを扱うから、そのジャンルって言われるよなー。つかさー、あれですよ、例えば、SFだったら宇宙人・コンピュータ・インターネット・バイオ技術・クローンなどなど、英米文学で言ったら、なんだろう、喪失感?とか、正義とか自由とか世間風刺とかメタファーとか、そんなのが文学のフォーマットだったりするんだけど。そういうフォーマットを扱うからそのジャンルって言われるみたいな。でもさー、そういうのって後付けっていうか、別にそんなの誰も指定してないわけだし、SFだって、別に科学の範疇にあるなら虫の生態とかをテーマにしてもいいと思うし、文学も観念的なものじゃなくて、「仕事まじダルい」みたいな内容でもいいと思うんですよ。
つか、ここまで適当にツラツラ書いてたんだけど、今日読んだ『文藝界』だっけ?綿矢りさ?の小説読んでたんですよ。『勝手に震えてろよ』だっけ。いやー、なんか内容がほんとに「仕事まじダルい」みたいな感じで面白かったわー。いや、面白くないんだけど。なんでかっていうと、「そんなこと書いてなんか意味あんの?」ってことがひたすら書かれてるからで。俺だったらとりあえず、キャラ立たせるためにその主人公の女をヤリマンで実はOLは仮の姿で、実はミリオンセラー大人気若手女性作家っていう設定にするわ。つか、これは俺の小説のネタに使うわ。いま思いついた。つか、最近、映画を見てて、自分がこれはいい、って思う映画ほど無駄なカットがないなー、って思うわけですよ。で、かたや小説は、本文と物語の流れ淀ませない文章がやっぱり売れてるなー、って印象を受けてる。例えば、最近の例だと『1Q84』もbook1,2は読んでて、よく読めるなーって思えたけど、book3はいまいちだったし、無駄な描写を減らして話をテンポよく進めて、感情を揺らすところできちんと揺らす、っていうのがたぶん面白かった要因で、book3はその逆だったなー、っていう印象があった。インタビューで作者がbook3の読み辛さは狙った、みたいなこと言ってたけど、実際は編集に後押しされて嫌々書いたんじゃないかなぁとも思えた。実際、1と2は楽しんで書いた感が文章の節々から感じられたし。3はそうじゃなかった。
映画に関しては、あるテーマや概念を決めたら、それを体感させる映像なり音なりを効果的に配置する、っていうのが映画の肝要だと思った。
とりあえず、今日のところはそんだけ。
追記
自分の書く小説を思い返したら、女性キャラがいたらとりあえず、ヤリマンにする、みたいな感じになってて、ちょっと自分でウケてる。何はなくともとりあえず女がいたらそいつはヤリマンで、ヤリマンじゃなくてもいずれヤリマンになる。みたいな。酷いな。だってさー、胸と尻がデカくて、何の取り柄もない主人公(顔が良いわけですらない)をなぜかやたらと好きとか、それは完璧にファンタジーだよなーって思うわけです。とはいってもすぐに尻を軽くするのはだめだなー、って思った。口癖が「ウケるー」と「ダルいんだけどー」な女の子が凄いピュアーな?とかどうだろう。キャラ立てるの難い。特に女性は。つか、現実感を持たせつつ魅力的な女性ってどうなんだろう。とりあえずプラダでも持たせとくか。いや、そういう外面的な設定なしでキャラの魅力を簡潔に、「こんな女の子と知り合いたい」って男女隔て無く思わせるような、か。